第五話:公謂不私也


ある時、文帝が外出し中渭橋(渭水に掛かる橋)に差し掛かった。

一人の男が橋の下から走り出て、文帝の馬車を牽いていた馬が驚いて騒いだ。

すぐ護衛の騎士がその男を捕らえ、廷尉の張釈之に引き渡した。

その男いわく、

「私は遠方から来た者ですが、ここまで来ると警蹕(先払いの声)の声が聞こえましたので

あの橋の下へ身を隠しました。

だいぶ時間が経ったので、行列が通り過ぎたと思い出たところ

お召し車や馬車が目に入りまして、あわてて走り出したのです。」


張釈之は「この者は警蹕を犯した者ゆえ、罰金刑に処したいと思います。」と上奏した。

文帝は怒り、「あいつはわしの馬を驚かせたのだぞ。

幸い柔和な馬だったから良かったようなものの、もし別の馬だったら怪我をしていたかも知れぬ。

それなのに廷尉は罰金刑でよいと考えるのか。」と言った。

張釈之は言った。

「法というものは天子さまでも、万民と同じく公のものとして守るべきものであります。

それを勝手に厳しくしたりすれば、法は民から信頼されなくなります。

現在、法の規定ではあの者は罰金刑が妥当あります。

また、陛下があの者を即座に斬り捨てていればそれまででしたが、

裁きを廷尉である臣にお任せになりました。

廷尉は天下の秤であります。秤が傾けば法は公平さを失います。

そうなれば天下の万民はどこに居れば安堵できるのでしょうか。

何卒、ご賢察を。」

文帝はしばらく黙り込んだが、「廷尉の判決は正しい。」と言った。


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