第五話:大会合
項梁は、陳渉の死が確定的であるとの情報を得た。

仕方が無いので、反乱軍の首領どもを薛(せつ)に呼び出し、

今後の方針をみんなで練ろうと考え、号令をかけた。

果たして、反乱軍の首領どもはみな薛にやってきた。

その中には、あの劉邦もいた。

この会合の時はまだ小さい勢力しか持っていなかったので、大勢力の項梁軍に魅力を感じたのだろう。

そのほかには、范増(はんぞう)という智謀の士がやって来ていた。

彼は70歳であったが、楚の再興を夢見、この会合に参加した。

彼は、会合で大演説を行った。


范増「項梁どの。陳渉が敗れたのは当然ですぞ。」

項梁「・・・・・なぜだ?」

范増「彼は王になってしまったから負けたのです。」

項梁「ほほう。なるほど。」

范増「秦は楚を騙し、懐王をなぶり殺しにしました。楚人はみな今でも懐王を憐れんでおります。

楚の道士南公(なんこう)は、

『楚の民家がたった3軒になるぐらい衰えても、秦を滅ぼすのは楚である』と予言しました。

それほど、楚人は秦を憎んでいるのです。

なのに、陳渉は楚の子孫を王に立てずに、自分が王になってしまいました。

だから陳渉の勢いは長くは続かなかったのです。」

項梁「ふ〜む。確かにそなたの言うとおりであるな。」

范増「楚の各地から群がり起こった諸将がみな争ってあなたの配下につくのは、

あなたが楚の項燕将軍の子だからです。

項燕将軍の子ならば、楚の子孫を探し出し王位につけ、

楚国を再興できると思っているから、皆ついてくるのです。」

項梁「おお!なるほど!!そなたの意見によってこれから為すべきことがわかったぞ!!」


こうして、項梁は范増の助言に従って楚の子孫探しを始めた。

やがて、懐王の孫の心(しん)が民間に隠れていることがわかった。

彼は、人に雇われて羊飼いをしていた。

項梁は彼を丁重に迎え、王に立て、懐王と名乗らせた。(祖父と同じ名前・・・)

そして、陳嬰を上柱国(総理のこと)に任命。黥布を当陽君に任命し、項梁は自ら武信君と名乗った。

項梁の楚は、こうして一国の形をなしたのであった。

そして名実共に反乱軍の盟主となったのである。


そして、来るべき秦正規軍との対決に向けて西進を開始するのだが・・・・・

第六話へ行く

HOMEへ