第五話:「敵国破、謀臣亡」
彭越は項羽の息の根を止める戦に参加することを拒んだ。

「まだ梁の地の民心は安定しておりません。項羽を怖がっています」という理由だった。

しかし、これは明らかに名目にしかすぎない。


また、斉・燕・趙・代の地を勢力下に置き、

虎視眈々と漢陣営からの独立を狙っていた韓信もこの戦いへの参加を拒否した。


彭越にしろ、韓信にしろ、

「俺がいなければ、劉邦なんてとっくに敗死していた。

項羽軍を壊滅させるには、我々の助勢が無ければ無理であろう」

という悪魔の囁きを聞いてしまったのであろう。


しかし、劉邦から見れば、

「自分を高く売りつけやがって!!憶えてろよ、このヤロ〜」

と、いうことであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・


話を元にもどそう。

彭越のみならず、韓信にまで援軍を断られた劉邦はやはり項羽に惨敗した。

項羽を怒らせたからである。

項羽には楚を欺き天下二分の平和条約を一瞬で破った劉邦は許せなかったはずである。


またもや惨敗した劉邦は、固陵城(こりょう)にからくも逃げ込んだ。

城はまたも厳重に包囲され、劉邦は絶体絶命になった。

それでも彭越は援軍を送らなかった。


「俺と韓信が漢か楚のどちらかに味方するかで天下の勝敗は決まる。

今、劉邦は瀕死の状態だ。もう少し様子を見よう。」

彭越は心の内で、こう思っていたであろう。

奇しくも、韓信も同じことを考えていた。

しかし、

こうした権力を弄んだ人間で、天寿を全うした者はいない。

彭越の末路はこの時点で予見できた、と言えよう・・・・


固陵城内で逼塞していた劉邦は、大軍師張良に相談した。

劉邦「おい。お前が項羽を攻めるのは今しかない、と言ったから攻めたのにこのざまだ。

これからどうするのだ?彭越の野郎も、韓信の野郎も来やしねえ!」

張良「彭越・韓信が助けに来ないので、こんなちっぽけな城に押し込まれているのです。

しかし、彼らが来れば項羽は死ぬでしょう」

劉邦「なに!・・・本当か?」

張良「はい。二人が来れば項羽は必ず逃げるでしょう」

劉邦「しかし彭越も韓信も、わしと一緒に行動してくれぬ。なぜだろうか?」

張良「漢王さま、もうお気づきのはずです。謙遜はいりませぬ。

韓信は漢王さまに強要して斉の地と斉王の位を貰いました。

彼は漢王さまの機嫌を損ねたんじゃないか、と思って来れないんでしょう。

韓信には彼の故郷である楚の地を与え楚王の位を与えれば、すぐさまココに来るでしょう。

彭越はこれまで影で大きく漢に貢献してきたのにも関わらず、王位に就いておりませぬ。

彼には梁の地を全て与え梁王に就かせたなら、彼は急いでココにやってくるでしょう」

劉邦「うむむ・・・。奴等は領土が欲しいから助けに来んのか!

まあいい。奴等には天下を三分の一にしたうちの一つずつをやろう。

奴等が想像している以上の土地を呉れてやる!!」

張良「ご明察。これで天下を手に入れたも同然です」


果たして、韓信・彭越は急いで垓下(がいか)に向かった。

項羽はこの漢の大軍を垓下で支え切れず、故郷の南方へ向かって敗走した。

そして、烏江(うこう:現在の南京の近く)で敗死した。


劉邦は天下人となった。

彭越は約束どおり梁の地を与えられ、梁王になった。

盗賊の親分が一国の王になったのである。


韓信も約束どおり楚王になったが、

罠に嵌められすぐに楚を取り上げられ、侯に格下げになった。

彭越はこれを聞いて、

「俺も同じ目に遭うんじゃないだろうか?最後の戦いの時、兵を出し渋ったからなぁ・・・」

と、ビクビクした。

威勢のいい盗賊の親分の姿は、微塵も無くなっていた。

老いもあったろう。


そうしてるうちに、代の地で反乱が起きた。影で糸を引いていたのは、韓信であった。

彭越は、この反乱鎮定に参加しなくてはならなかったが、

「自分は病気です」と嘘をつき、兵を出すにとどめた。

またもや、出し惜しみをしたのである。

初めは漢楚最後の戦いの時、そして代反乱鎮圧の時。

もう、疑われても仕方がない、と言えよう。


はたして、劉邦は「敵と通じているのでは?」と疑い、彭越に詰問使を出した。

彭越は恐れおののき、出頭しようとした。

しかし、扈輒(こちょう)という家臣は、

「最初、王さまは病気と偽って劉邦の元へ行きませんでした。

そして、詰問されてからは出頭しようとしています。

今行けば、必ず捕らえられます。以前のこともあります。

もう反乱を起こすしか道はありません」

と、決起を促した。

しかし彭越は、病気と偽ったまま、時が過ぎるのを待つ下策に出た。


往年の彭越はどこへ行ってしまったのだろうか・・・・・

そうこうしているうちに、韓信が呂后(りょこう:劉邦の妻。名は雉)に殺された。

彭越はさらに縮み上がった。


そして、遂に彭越も罠に嵌められた。

反乱を起こそうとした、という罪名だったが、そんなものは何とでもでっち上げることができる。

要するに巨大な領地を持つ功臣が不必要になったので、取り潰そうと思っただけの話である。

しかし劉邦は彼の死罪を赦し、蜀の青衣(せいい:当時、地の果てだった)という所に流罪にした。



しかし、まだ彼は転落する運命にあった。

蜀に向かう途中、韓信を殺したあの呂后にばったりと出会ってしまうのである。

彭越は顔中を涙で濡らしながら、呂后に哀訴した。

「私は、もう老いぼれです。反乱を起こそうとしたというのは全くのでたらめです。

起こせるわけがありません。私はもう老い先短い身です。

罪を赦せ、とは言いません。

せめて、生まれ故郷の昌邑で平民として暮らさせて下さい」


呂后は深く同情するふりをして、彼を劉邦のもとへ連れ戻した。

そして「蜀でも反乱を起こそうと企んでいた」と罪をでっち上げ、彭越一族に死を命じた。

彭越は斬られ、塩漬けハムにされ群臣の食卓に並んだ。


乱世を震え上がらせた梟雄のあっけない最期だった・・・・・・

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