南陽陰瑜妻者、潁川荀爽之女也、名采、字女荀。聰敏有才げい
年十七、適陰氏。十九産一女、而瑜卒。采時尚豐少、常慮為家所逼、自防禦甚固。

南陽郡の陰瑜の妻は、荀爽(董卓が相国になったとき司空になる。荀いくの伯父)の娘であった。
名は采といい、字は女荀であった。聡く、芸に秀でていた。
十七歳で陰瑜の妻となり、十九歳で女の子を産んだ。その後、陰瑜に先立たれた。
荀采はまだ若々しく美しかったので、実家から再縁を迫られるのではないかと気遣い、固く身を守っていた。

後同郡郭奕喪妻、爽以采許之、因詐稱病篤、召采。既不得已而歸、懷刃自誓。
爽令傅婢執奪其刃、扶抱載之、猶憂致憤激、ちょく衛甚嚴。
その後、同郡の郭奕(字は伯益。郭嘉の子)が妻を亡くした。
荀爽は、娘の采を後妻に入れることを承知した。そして荀爽は自分が危篤であると偽って娘を呼び寄せた。
荀采はやむなく実家に帰った。が、真相を知ると、短剣を懐の中に入れ、死んでも再婚せぬと言いだした。
荀爽は女中たちに娘を取り押さえさせ、短剣を取り上げ、抱え上げて馬車に乗せた。
そして、怒りで何か事を起こさぬよう、厳しく監視させた。

女既到郭氏、乃偽為歡ス之色、謂左右曰
「我本立志與陰氏同穴、而不免逼迫、遂至於此、素情不遂、奈何?」
荀采は郭家の門に着くと、偽って嬉しげな顔をし、左右の女中に言った。
「わたくしは以前、死んでも陰さまと同じお墓に入ろうと思い詰めていたけれど、父に強要されて、とうとう再婚することになってしまった。
志が遂げられぬと分った以上、しかたがないわ。」

乃命使建四燈、盛裝飾、請奕入相見、共談、言辭不輟。
敬憚之、遂不敢逼、至曙而出。采因ちょく令左右辨浴。
そこで、四隅に灯火を立てさせ、美しく着飾って、郭奕を部屋に迎え入れて、語り合った。
ところが、花嫁はいつまでも話を止めない。
郭奕は荀采を敬い憚り、とうとう迫れぬまま、明け方に部屋を出た。
荀采は左右の者に命じて、入浴の用意をさせた。

既入室而掩戸、權令侍人避之、以粉書扉上曰「尸還陰。」
「陰」字未及成、懼有來者、遂以衣帶自縊。
荀采は部屋に入ると戸を閉め、しばらく誰も入らせないように女中に命じた。
そして白粉で扉の上に書いた。「わたくしの屍は陰家へ還すように。」
「陰」の字を書き終える前に、誰かが来そうな気がして、帯で首を吊って死んだ。

左右翫之不為意、比視、已絶、時人傷焉。
左右の者は、大丈夫であろうと油断して、気に留めていなかった。
なかなか出てこないので、もしや、と思って開けて見た時には、既に絶命していた。
当時の人々は痛ましがった。

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